★ ホラー炬燵パニック!? ★
<オープニング>

 それにしても分厚い羊羹である。
 貴方の目の前にあるのは、老舗和菓子店舗「ねこや」の、ずっしりと小豆の詰まった羊羹。しかも分厚く切ってある。その横には湯気の立つ玉露。色と言い香りといい、理想的な淹れ加減である。
 がしかし。
「実は、やっかいなことになりました」
 そして、それらを貴方の前にコトリとおいたのは、銀幕市役所・映画実体化問題対策課職員・植村 直紀。
 いつにもまして腰が低い。
 何やら緊急事態とかで、対策課はあらゆるコネを使って人手をかきあつめている様子だった。
 その、かきあつめられたうちの一人が貴方だった。
 しかも、市役所の応接室に通されて、和菓子と玉露をふるまわれるとは、確かに容易ならざる事態が待ち受けていると予想せざるを得ない。
 植村氏は言葉選びに迷っている様子だったが、ややあって、一言。
「こたつ、お好きですか」
「はあ!?」
 貴方は、口に含んだお茶を噴出しそうになった。
 えらく緊迫した様子で呼び出されたと思えば、いきなり何だ。
「お好きですか、それはちょっとやっかいかもしれないなあ。‥‥いや、時期が時期だからあのぬくもりに抵抗できる人は少ないだろうしなあ」
 植村はぶつぶつ独り言をいいつつ自分の髪をくしゃくしゃとかき乱している。
「実はその、映画に出ていた『こたつ』が実体化しちゃいまして」
 別にいいじゃないかと貴方は思う。
 こたつは冬には快適至極な暖房器具である。
 特にテレビを観賞する際などほっこりと下半身を暖めてくれ、その卓上にみかんなど置いたりするとインテリアとしても部屋に居心地のよさを演出してくれるナイスアイテムだ。
 貴方の反応を眼にした植村はブンブンと首を横に振った。
「それが、実体化したのが、あの「史上最低の映画監督」との呼び声高い、江戸卯人(えど・うひと)監督のB級ホラー「死霊のこたつ」に出てくるこたつなんですよ!」
「ええっ」
 これには、貴方も眉をひそめずにはいられない。
 江戸卯人監督といえば、資金集めのためにスポンサーのボンクラ息子を主演にすえて全せりふ棒読みの最低映画を作っちゃったりとか、ゾンビ映画を撮影してゾンビ役にゾンビメイクさせるのを忘れてえらく健康そうなゾンビになっちゃったりとか(しかもそのまんま撮りなおしせずに映画公開)、あまりにも手抜きアンドくだらない映画を連発するので、
「逆に天才じゃないか?」
 と言われ始め再評価されつつある謎の映画監督。
 しかしてその作品「死霊のこたつ」といえば、確か、三十路を過ぎたニューハーフの死霊が憑依したこたつが、人々に襲い掛かりその下半身をあっためつつ精気を吸い取り仮死状態に陥れてゆく最低なホラー映画ではなかったか。
「その通りです。正確には、下半身をあっためるだけなら問題ナシですが、精気を吸い取られた人々は昏睡状態に陥ってしまいますので……。
 ええ、映画と同じくハスキーな声で囁きかけるそうです」
 噂によると、こたつは、
「いらっしゃぁ〜い♪」
「やん、スネ毛の感触たまんなぁい♪」
等とささやきかけつつ人々に襲い掛かり、下半身をなでまわすのだとか(ちなみに両刀)。
 こたつがどこから声を出すんだろうと貴方は疑問に思ったが、今はそれを議論する事態ではなさそうだ。
 そんなものがこたつ蒲団をずりずりとひきずりつつ出没するのは、主に夜の住宅街であるらしい。
 11月の外気で冷え切った体を家へと運ぶ仕事や学校帰りの人々に襲い掛かるのだそうな。
 戸外を這いまわっているんじゃこたつ布団がかなり汚れてるんじゃないかとか、いろいろ問題はありそうだが、とりあえずビジュアル的にもかなり不気味である。
 時期的にこたつは恋しいが、ハスキーボイスのこたつはごめんこうむりたい。
 鳥肌を立てつつ貴方は思った。
 植村氏は言葉を継いだ。
「もっと恐ろしいことには‥‥これまでにも何名かが死霊こたつ撃退に向かったのですが、時期が時期ですから、こたつのぬくもりに抗しきれず、されるままになってしまい、精気を吸い取られて仮死状態に……。市としても対策に頭を抱えている事態でして」
 植村氏は貴方にすがるような視線を送る。
 貴方はこたつが這いまわって人々の下半身をなでまわす光景を想像して思わず目をそらそうとしたのだが、
「ぜひ、お力をっ! お貸しください」
 植村氏がだんっと貴方の前に両手をついて深々と頭を下げた。貴方が躊躇していると、市役所の女子職員が貴方の前に、
「羊羹のおかわりでございまぁす♪」
 コトリと置いたので、余計逃げづらくなってしまった。
 ……それにしても分厚い羊羹である……

種別名シナリオ 管理番号838
クリエイター小田切沙穂(wusr2349)
クリエイターコメント初めまして、大体いつもこういう感じの小田切です。「死霊のこたつ」は住宅街によく出没するようです。あったかさの虜にならないようご注意くださいませ。
楽しんでいただければ幸いです。

参加者
ルドルフ(csmc6272) ムービースター 男 48歳 トナカイ
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
三嶋 志郎(cmtp3444) ムービースター 男 27歳 海上自衛隊2曹
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
兎田 樹(cphz7902) ムービースター 男 21歳 幹部
<ノベル>

●美しき? 獲物たち
 手足の先がしびれてきそうな冷たい11月の夜。
 銀幕市役所からの要請を受けた6人は、ホラー炬燵捕獲あるいは退治に向けて、それぞれに動き始めていた。
「あー、サミィサミィ」
 ひとりごちつつ市役所の許可を受けて住宅街の一角、築40年の文化住宅の一室に罠を張る三嶋 志郎。
「まずはみかんだろ、それに麻雀、鍋……とくりゃあ、来るしかないだろ」
 炬燵にふさわしすぎる状況を作り上げ、炬燵をおびき寄せようとする作戦であった。三嶋は冷静にみかんの皮をむき始めた。ポーズではなく、特殊部隊で培った精神力により、極めて平常心に近い状態にある。ちなみに三嶋のくっきりとした目鼻立ちにしっかりと鍛えぬいた筋肉質の肉体はある特定の人種に異様にモテるのである。実は市役所もそこんとこを見抜いて彼に出動要請してたりする。ただし本人は気付いていないが。
 そして今一人、市役所から要請を受けた男が町を歩いている。クリスマス近いこの時期のこととて、夕暮れ迫る住宅街、各家庭の玄関先にはツリーが飾られ電飾がきらめいていたりするのだが、そんな洋風カブレの風景とはいたって不釣り合いに、着流し姿に蓬髪、眼光鋭く長い業物を腰に差すその男、名を清本橋三という。すっぽりと両手を懐手にして歩む姿といい、油断なく鋭い目線を周囲に配る表情といい、相当の手錬者とおぼしい。
 ひゅうぅ……と、着流しの裾を木枯らしが吹きぬけまくりあげる。冷気が足を這い上り、スネ毛も逆立つその瞬間。
 ずぞぞ。
 ずぞぞぞ。死霊炬燵がツリーの影から這い出た。
「あっらあ和服のいー男★ちょっとお兄さん、アタシの赤外線であったまってかなーい」
 コタツが客寄せする、そんな異形の光景に、
「それも一興、やもしれんな」
 余裕で応じる清本。すっぽりと死霊こたつに足を入れ、
「温かい。まこと、えれきは便利なものだ」
「……やさしいのね……。こんなアタシに気味悪がらないで足突っ込んでくれるなんて」
 コタツが涙声になってます。橋三は渋い声で淡々と諭した。
「襲い掛かりさえせねば、こうして人も温もりに惹かれて寄ってくるのではないか。無茶をしてはならぬぞ」
「そうよね、いつからアタシ、こんな女になっちゃったのかしら……アタシはただ温もりを共有したいだけだったのに……」
 いや、女じゃないしそもそも人ですら(略)。しかし橋三はうぅむとうなずき、何ゆえか異形の炬燵に深い同情を寄せたようだ。
「どれ。ならば俺が、衆人の目を惹くよう見繕ってやろう」
 橋三、何やら思いついた模様。
 ◆
 そして……
 住宅街中心の公園。一人の女子大生が人待ち顔に、スカートからすらりと伸びた脚を寒風にさらしていた。スカート丈が短めなのは、死霊炬燵をおびき寄せるため少しでも寒そうに見せようという工夫である。
 片手に持ったしょうゆせんべいの袋もまた、こたつをおびき寄せるための小道具だった。っていうか、彼女の好物でもあるらしいです。
(「ごめんなさい、私、ちゃんと仕事するからね」)
 コレットは心の中で無茶はしないでくださいと心配顔の植村に謝った。コレットは市役所からガードケージを借りて背に負い、彼女のバッキー「トト」をその中に入れている。
 いざとなればトトをゲージから出して死霊炬燵にはフィルムに戻ってもらうつもりだった。
 ぴゅうと冷たい北風が吹く。金色の髪をなびかせつつ、コレットは思う。
(「……でも、こたつさんは、映画の中から出てきて、自分の役割を果たしているだけなのに……痛い思いさせるの、かわいそう、かも」)
 その時、
 ずぞぞぞぞ。
 ずぞぞぞ。
 紫のこたつ布団をひきずって死霊炬燵出現!
 しかもその天板にはテレビ、籐かごに入ったミカン、枕代わりにもなる分厚い文学集どこからか引っ張ってきた三毛猫がのっかり、凶悪なまでに足をつっこみたい衝動に駆られる状態。
 コタツの中心でまったりとチョコレートをかじる橋三がいる。
 本日のチョコは某有名メーカーの誇る冬季限定発売の人気商品。
「む……この『とりゅふちょこ』とやら申す逸品、甘味の中の苦味がなかなか」
 その周囲には彼と同年輩のサラリーマン風が数名、こたつ布団に下半身をつっこみつつ、
「お、冬季限定チョコですか。みかんもよろしいですが、冬のチョコも乙ですな」
「おお、同好の士とお見受け申した。さ、ひとつ……」
 男同士、杯ならぬチョコ好きの交換となる。
「いやあ、これはありがたい。家で甘いものを食うと女房や娘に睨まれましてね。会社じゃあ上司に、家じゃあ女房に威張られて。あー、いっそ家庭を捨てて故郷に帰りたくなった……」
 といったサラリーマンの愚痴を橋三は静かに聞いてやり、住宅街の真ん中に微妙な癒し空間が出現した模様である。
 コレットが見る間にも、冬という季節をフルにエンジョイするかのようなその光景と死霊炬燵の念に惹かれてか、次々に仕事に疲れた風のサラリーマンがコタツに引き寄せられてゆく。
「お、山下部長。君もどうだね、炬燵へ」
「いやあ鈴木専務、野外こたつとは風流ですな……ああ、これはたまらん」
「山下部長とやら。ちょこれいとはいかがかな」
「は、いただきます」
 コートに身を包んだリーマン達がこたつに吸い寄せられていく様は、ある種の害虫駆除装置に似てなくもない(特に商品名は秘す)。

「炬燵冥利に尽きるであろう。よかったな」
 さらにそれを追って現れた、今ひとつのシュールな存在。
「みぎっ♪ みぎっ♪」
 ウサギ。
 そういえばなんとなくコタツって亀に似てるし何これ日本昔話?という現実逃避に陥ってしまいそうな光景であるが。
「みぎっ!」
 ウサギは死霊炬燵の眼前に立ちふさがった!
 このウサたんなぜかプラカードを手(つまり前足)にしており、そこにはこう書かれていた。
『炬燵にみかん? 笑止!
このもふもふの冬毛とまるぎん特選とれとれの朝掘り人参さえあれば他に何もいらないんだよっ!』
 とうっ! とばかりにウサギはコタツの天板に飛び乗り、これ見よがしににんじんをもぐもぐ。
『ふふ、どうだ、みかんよりずっとこっちの方がいいんだよ!』
 プラカードの文字が点滅し、勝ち誇ったセリフにとってかわった。
 このウサギ実はれっきとしたムービスターである。
 特撮番組から実体化したウサギ獣人、兎田樹。ちなみに彼は稀代のトンデモ発明家であり、死霊炬燵を追跡できたのは、彼の発明による赤外線センサー&エコーサウンダー他高性能探索装置を内蔵した【ミラクルモノクル】による。
「キーーッ何よぉ!? アタシったらそのもっふもふの外見にうっかりなごみかけたわよ! なのにそんなアタシにニンジンのベータカロチン含有量を見せつけようってわけ!? ミカンだってビタミンCが豊富なのよっ!?」
 何の対抗心かわからないが、とにかく挑戦を受けた死霊炬燵は暴れ狂う。
 コタツに足を突っ込んでいたサラリーマンや橋三も、布団に足が絡まってるらしく一緒に振り回されている。
 ぶんぶんと樹を振り落とそうと荒れ狂うコタツ。
 コレットは近づいて説得を試みるが、
「「何よッ、奇麗なナマ足見せびらかすんじゃないわよ! アタシだってねえ、脱毛さえすれば……」
 生前のニューハーフ時代の脱毛の苦労を思い出してか、炬燵はコレットを近付けない。
 荒れ狂うコタツの足が、ブンッとコレットにあたりそうになる。
 と、そこへーーー
「炬燵が一体どういう物か、私は知りませんでしたがね。こんなはた迷惑な代物とはね」
 落ち着いた声。
 ファレル・クロスである。住宅街の屋根周辺で見張りをしていた彼は冷静に死霊こたつの虚をついたのだった。
 「あら、ちょっとかわいいじゃないボーヤ。アタシのぬくもりの誘惑に勝てるかしら?」
 死霊炬燵は蒲団をめくりあげ、赤外線を発する中心部をちらりと見せつけながら挑発する。が、ファレルの端正な顔は変わらず無表情だ。
「私を「温もりに負ける」程脆弱な精神力を持った方々と一緒にされては困りますねえ。……貴方の能力が「暖かさに対抗出来ず人々を仮死状態にする」ことなら、それを防ぐのは簡単です。最初から暖かければ良いのですよ、クス」
 言い終えると同時にうっすらと不敵な笑みを唇にのぼせ、ファレルは手のひらを空に向けた。
 周囲は彼のロケーションエリアと化し、近未来都市の様相を呈していた。
 同時に、彼を中心にふわりと温暖な空気が生まれ、広がっていく。
 死霊炬燵に捉われていたサラリーマンや学生たちは、夢から覚めたような表情でコタツから出てゆく。
「な、なんでこんな汚れたコタツに入ってたんだ、わしは」
「ゲン直しにいつものところで呑んで帰りましょう、鈴木専務」
 そそくさと去っていく。若干精気を吸われたあとなので、いくぶんかはよろつきながら。
 だがファレルのおかげで、昏睡状態にまで陥るところだったサラリーマンたちが救われたことは確かである。
 残ったのは橋三のみ。ムービースターとしての不死身ゆえか、彼だけは顔色も青ざめず、常態を保っている。
「ううぅ……男はみんなアタシを捨てて去っていく。アタシ、女として自信をなくしたわ」
「気を落とすでないぞ、炬燵殿。確かに衆人を巻き込み暴走するは炬燵としての道に外れよう。ここは落ち着いてコタツとしての務めを果たすが本懐だろう」
 いや、だから女性じゃないしそもそも人ですら(略)。しかし自分の世界に入ってしまったコタツは、橋三の説得が耳に入っていない。
「だけど、どうしてなの!? この暖かさはなんなのよ? 電気もガスもないのにどうして」
 動揺するコタツに、ファレルは淡々と説明をした。
「暖かい空気と冷たい空気の違いは、空気分子のエネルギー運動量が異なるからです。空気分子が活発に動けば空気が温まります」
「し、知らなかったわ……あんたみたいな子がいるなら、アタシの赤外線、価値ないじゃん」
 ふてくされる炬燵にコレットは近寄り、説得を試みた。
「落ち着いて、炬燵さん。貴方を一番必要としているのは、元の映画のフィルムの世界だと思うの。貴方は今も、映画の中の自分の役割を果たしているだけなのよね。誰かを昏睡状態にしたりするのは、よくないことだけど……」
 そっとコレットは手にしたせんべいをコタツの上に置き、自らも布団に足を入れた。
「ねえ、炬燵さん。こうやって人を温めてあげられて、しかもお話ができるなんて貴方は特別なコタツだわ。その特殊能力を生かす方向にむけられないかしら」
「優しいコね、貴方って。橋三さん、貴方もよ。もっと早く貴方達に出会えてたら……」
 しんみりとコタツは語る。
 説得が成功したかに思われた時ーーー
 がば、と突如コタツが跳ね起きた。
「ああっ!? ア‥‥アタシを誰かが……呼んでいるわ」
 コタツはずぞぞと、ある文化住宅の一室に向かい、素早くはいずり始めた。
「待ってコタツさん!」
「待たれい!」
 コレット、橋三、ファレルは後を追う。 
「みぎっ!」
 もちろん樹も追いかける。ぴょんぴょん♪


●呼ばれて飛び出て
 やがてコタツがたどり着いたのは、レトロな……つか昭和の香り漂う……つか古びた……つか単にボロいともいう、文化住宅の一棟。
「誰なの!? アタシを、アタシを呼んでいるわっ!」
 コタツは中心から赤外線を放射しつつ、そのレトロな住宅の階段を這い上り、
 バリバリバリッ!
 その一室の薄い木製ドアを突き破って突入した。
「お。来たか」
 よっ、と友人でも迎えるように右手を挙げたのは……三嶋。
「まっ、アンタなの、アタシを呼んだのは? ……こんなコタツにふさわしすぎる環境を用意しといてコタツだけがないなんて、アタシに呼び出しかけてるとしか思えないわっ」
 コタツはキンキン声のオネエ言葉で言いつつ、くねくねとしなを作った。コタツの作るしなだから所詮こたつレベルでしかないのだが、それでも三嶋に媚びてるのは火を見るよりも明らかだ。
 ぞわわと三嶋の背筋に寒気が走る。
「うんもう、こんな回りくどいことしなくたって、アンタならあっためたげるっ」
 コタツがずぞぞぞと三嶋の足元に這い寄り撫で上げる。
「いや、それは、困る! まとわりつくなっ!」
 三嶋は必死で足を蹴りあげ炬燵を振り払う。
「久々に見たアタシのタイプっ、そう簡単に離れてたまるもんですかぁ〜〜〜一緒に昇天し・ま・しょ♪」
「俺は霊媒師じゃねぇ!」
 死霊炬燵、不気味な赤外線を内部から放射しつつもぎ放されても蹴られてもずりずりと三嶋の足元にまとわりつく。
 三嶋は足元をあっためられる誘惑にもめげず、死霊炬燵に対抗するにはひたすら寝ないことだ! と覚悟を決め、ボロアパートの隙間風に晒されつつコタツとの死闘を展開した。
 説得するか倒すか決めかねていた三嶋だが、これでは死霊炬燵を滅する他なさそうだと覚悟を決め、拳銃のホルスターに手をかけた。
 だが、その瞬間に、
 シャンシャンシャンシャン♪
 時ならぬ鈴の音が!
 窓がバンッとぶち破られ、一頭のトナカイが飛び込んできた。
 だんっ!
 トナカイはみしり、と死霊炬燵の天板を軋ませてそこに飛び乗った。
 渋い低音が響く。
「人様の生気を吸いとってのさばるたぁ、クールな生き方じゃねぇなぁ? ちょっとオイタが過ぎたようだな、カワイ子ちゃん?」
 そのトナカイ、名をルドルフという。とあるアクション・ムービーから実体化した火薬扱いと戦闘術にたけた恐るべきトナカイ。
 しかもその種ゆえに、寒さを好み暑さを嫌う習性をもつ。いわばファレルと並ぶ死霊炬燵にとっての天敵というべきか。
「イタタタタッ! くぅっ、わ、悪かったわよ! 謝るから、謝るからそこどいてっ!」
 300キロの体重を誇るトナカイに押さえつけられて、さしもの死霊炬燵も苦悶の声を上げる。
「ほぅ、思ったよりもお利口さんだな。……さあ、取り引きといこうじゃないか。こっちの条件は二度と悪さはしない事。ノーならこの天板を遠慮なくブチ割らせて頂く。オーケイなら、アンタにスペシャルな仕事を紹介してやるが…どうだい?」
「だけどぉアタシぃやっぱいい男見たら精気吸いたいしぃ」
 しねくねとしなをつくって言い訳をしようとするコタツに、ルドルフはだんっ! と蹄を叩きつけ、警告を送った。
「おいおい、こっちも最大級の条件を差し出したんだ。そっちも多少のリスクは負ってもらうのが相応ってもんだぜ?」
「えー……んー、スペシャルな仕事ってなんか興味あるけどぉ……」
 と、コタツはまだごねようとするが。
 ぢゃきっ。
 三嶋が銃口をぴたりとコタツの中心、赤外線を発する部分に向けていた。
 その背後には遅れて追ってきたファレルが、冷やかな紫の目を向けていた。
 と、炬燵がもがき始めた。
「あ、熱いっ。暑すぎて動けないわ〜〜っ! ボーヤ、アンタまたアタシに何かしたのね!?」
「貴方の周辺だけ、温度を10度ばかり上げさせてもらいました。暑さで動きが鈍ってくだされば、貴方をコレットさんのバッキーでフィルムに戻す事も簡単でしょうからねえ、クス」
 ファレルは感情のこもらない声で宣言する。
 死霊炬燵、前にも後にも逃げ場なし。
 ついにバタリとコタツは倒れこみ、許しを乞うた。
「も、もう堪忍してっ。おねがい、何でも言うこと聞くからっ。……ねえ、ホントにいい子になったら、スペシャルな仕事ってのをさせてもらえるのよね?」
「オーケイ。この蹄に誓って」
 ハードボイルドにトナカイが応じた。

 ついに平和的決着!
 そして死霊炬燵の今後の在り方について皆で語ろうということになり、炬燵とすっかり打ち解けた橋三がまず、炬燵に入り、暖まりながら意見を出し合おうと口火を切った。
 ところが、文化住宅の騒ぎに動揺した周辺住民たちが警察に通報しており、文化住宅は機動警察隊に包囲されていたのである。
 そしてなぜだかわからないが、そんな状況下で冷静に炬燵であったまっている橋三こそが人質を盾にして立てこもっているテロリストと誤解したらしく。
 今や、対テロ狙撃警察官がライフルで橋三を狙っていた。
 そして……
 ズギューン!
 窓から飛び込んできた一発の銃弾が橋三の心臓を貫いた。
 がくっ。
 ゆっくりと炬燵の上に崩れ落ちていく橋三。
「ああ、暖けえなあ」
 炬燵布団にくるまれたままの橋三の唇に、うっすらと笑みがよぎったような……
 橋三の視界を闇が覆った。
 
●天翔けるトナカイ……とこたつ鍋
「なんだい、野郎共が3人とウサギ、カワイ子ちゃんはたった一人かい。本当はカワイ子ちゃんだけの方が良かったんだが……。ようし、ホラ皆遠慮せず乗っとくれ!」
 ルドルフの太い声が夜空に響く。
 ルドルフは事件解決後、今回の事件解決に駆けつけたメンバー全員を、彼の普段の仕事ーーー銀幕市上空の、トナカイの引く空飛ぶソリに乗っての遊覧飛行ーーーに招待したのである。
 七色に輝くネオンライトを見下ろしての幻想的な飛行は、カップルや子供連れのファミリーに特に好評であったが、これまではその寒さがネックだった。
 だが、今日からはそれも問題ない。
 なぜならーーー
 大地を一蹴りし、上空へと飛びあがったトナカイは振り返った。
「赤外線の具合はどうだ、カワイ子ちゃん」
「ばっちりよ。皆さぁん、アタシの中、あったかいでしょ」
 死霊炬燵が応じる。
 ルドルフが死霊炬燵に持ちかけた「スペシャルな仕事」とは、ルドルフの引くソリに乗る客たちを暖める仕事。
 電源がなくとも生体エネルギーを吸収すれば遠赤外線に変換できるので空中でも問題なく温かさが持続できるので、いわば死霊炬燵にはもってこいの仕事といえた。
 もっともこれからは人間の精気を吸うのではなく、場所や状況に応じて植物やネズミなどの害獣などの精気を少しずつルドルフの許可を得て吸収することになっていた。
 当分はルドルフがお目付け役として、死霊炬燵を更生? させてくれるという約束で、死霊炬燵は生きながら得たのだった。
 で、ルドルフの夜間飛行に招待された面々はというと。
「見よ!! 必殺ツバメ返し!!!」
 熱い麻雀合戦を繰り広げている三嶋 志郎。
「これが麻雀なのですね」
 せんべいをかじりながらコレットがそれを見ている。
「まあ、幻の大技ね♪ 貴方ってば結構遊び人なの?」
 と、死霊炬燵は相変わらず三嶋に興味があるご様子。
 ルドルフが睨みを利かせているので、ちょっかいは出さないが。
「これでも大学では名うての玄人(バイニン)として名を売っていたもんさ」
 と、危険な香りを漂わせる三嶋。そーゆーとこが無駄に死霊炬燵をときめかせるのだがやはり本人は気付いていない。
「あ……ごめんなさい、足がぶつかってしまったわ」
 こたつの温かさが心地よいのか、脚を伸ばしたコレットは向かい側に座るファレル・クロスに謝った。
「……いいですよ、別に」
 ファレルは相変わらず無表情だが、なぜか緊張した様子でぎこちなく脚を引っ込める。
「む……ちょこれえとの溶け具合、そろそろでござる」
 と、むっくりこたつ布団の中から半身を起こす橋三。
 伝説の斬られ役が実体化したムービースターたる彼はほぼ不死身なんである。
 今日がソリinコタツの初フライト記念とて、張り切った死霊炬燵がみんなで鍋でもやってくれと遠赤外線を余分に出し、その熱を利用して、いまソリの片隅でチョコレートフォンデュ鍋をやっている。
「早く早くっ、グランマニエを垂らして、香りのたった瞬間が食べごろなんだからっ」
 しかも炬燵が鍋奉行だ。
「ちょこれえとと栗……か」
 用意された具材を見て悩んでいる橋三。死霊炬燵の弁によれば、絶対旨いらしいのだが。
 そして、兎田樹は大好物のニンジン片手にフォンデュ鍋を見つめつつ、プラカードをぴょこんと立てる。その板上に現われた文字は、
『にんじん漬けてもいい?』
「それは微妙にミスマッチだわっ」
 死霊炬燵が応じる。 
 いくつもの星が冷たく光る合間を縫って、ルドルフは翔ける。
「さあ、オリオン座ペテルギウスが見えるベストスポットへ飛ばすぜ!」
 天翔けるトナカイは一層の高みを目指し、力強く星空を蹴った。
 

クリエイターコメント死霊炬燵とのバトルいかがでしたか? どうやら死霊炬燵は生きながら得たようです。皆さんの優しさに感謝しつつ今日も新しいお仕事に励んでいることでしょう。不慣れな面もありまだまだ至らない点も多いとは思いますが、多少なりとも喜んでいただければ幸いです。んで、蛇足ですが、マジでチョコ栗旨いのよ!!!
公開日時2008-12-13(土) 10:00
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